私は30歳で自分の会社を創設して以来、包装資材などの雑貨販売と同時にポリエチレンなどの輸入販売も行ってきました。創設30年経った今、一度踊り場に出てこれまでを見直し、急速に変動する時代を見据えて違う事業を考えだそうと決意。札幌にある会社は息子や妻、役員・社員に任せて、単身で上京して法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科専攻で学びました。
学ぶには気力・体力・金銭力・家族の理解・会社の協力などが必要ですが、一度しかない人生、私は「生涯現役であり続けたい」と願い、それらをクリアしてきました。
※MBAとは…経営管理修士とも言い、経営学を修めたものに対して授与される学位(修士)のことです。
取締役会長
MBA(経営管理修士)
日本的経営の基礎は、石田梅岩による石門心学に由来されているといわれています。江戸期の商人にみられる共通した現象は革新性と保守性であり、これらは現在でも経営理念・経営思想として示されています。
私は1946年の北海道富良野町で生まれました。見渡す限り山また山、畑や田園の農村地帯です。大自然の雄大さに触れつつ、よい環境で育ちました。
11歳(小学校5年)の時、自分の将来に大きな不安を感じ、人生の目標を決めました。社長になる決意です。その時から理想の大人の姿にふれると、羨望の眼差しで観察するようになりました。大都会への憧れをもつようになったのもこの頃です。約8年間のサラリーマン生活に終止符を打ち、札幌市で会社創立の準備に取り掛かりました、社長への執着です。人からよく聞かれる言葉があります。何故会社を始めたか…。どうして社長になろうとしたか…。の2つの問いです。答えは1つしかありません。11歳の時に決めたからです。
会社の創成期は資本もなく、売るべき商品の裏付けもありません。部下もいなく、買っていただくお客様もほとんどいませんでした。
しかし理屈では言えないほどの泥臭さで立ち上げ、目ざとく、素早く、執念に満ち、希望を夢みて、根性や粘りで前進しました。勘と度胸と経験だけの素人経営者の実像です。
社長業は命懸けの仕業です。商売を単なる金儲けの手段と考えてはなりません。社員も社員の家族も自分の家族も食べさせていかなければならないのが社長業です。生涯をかけて行うべき崇高な仕事であると考えます。一人ひとりに「本当に良い会社だ」と心から思ってもらう、そういう立場にいることを片時も忘れません。
これからの販売会社は仕入ルートの確保にかかっています。企業努力の最重要課題は輸入ルートの開拓が生命線です。我が国のポリエチレン輸入の主要国は1970年代から絶えず変化しています。
これから注目しなければならないのは、東南アジアです。東南アジアを研究し輸入ルートを開発し、末永く友好関係を構築したいと考えています。
今後の会社経営はMBAの教えを実践に移す挑戦です。